〜住民からのSOSをキャッチする「とあるツール」で無理のない見守りを〜
今回取材に伺ったのは、ユニ宇治川マンション自主防災組織 防災会です。見守り活動に“とあるツール”を導入し、見守る側も見守られる側も負担の少ない活動をされています。活動が始まったきっかけについて、防災会の林さんは、昔の記憶をたどりながら、言葉を1つずつ選ぶように、ゆっくりと語り出されました。ある時、ユニ宇治川マンションの1室で「新聞が溜まっている。」と住民から管理事務所に通報が入りました。その通報を受け、管理事務所が地域包括支援センターに相談し、地域包括支援センターから民生委員もしている林さんへ「新聞が溜まっている部屋があるようなので見に行って欲しい。」と依頼がありました。林さんが部屋に伺うと、玄関のドアには鍵がかかっていました。消防署に連絡し、部屋に入ると、その部屋の住民である高齢者の方が一人でひっそりと亡くなっておられました。
この出来事にショックを受けた林さんは、マンションで暮らしている方々の生活実態について確認したところ、入居高齢者の3割は新聞の契約をしていないことがわかりました。「新聞の契約をしている人は新聞が溜まっていたら周りも異変に気付けるが、新聞を契約していない人の異変は気付くことができない。」と思い、林さんはマンション内の安否確認の実施を決意しました。
いざ、マンション内の安否確認を行おうとした際、活動の頻度について、林さんは悩みました。「月1回安否確認を行ったら、タイミングが合わないと異変に気付くのは1か月後となってしまう…。しかし、毎日安否確認を行うとなると、見守る方も見守られる方もしんどくなってしまう…。」この悩みの解決に導いたのが、冒頭で述べた“とあるツール”こと「万歩計アプリ」です。城陽市民活動支援センターが京都地域力再生事業で安否確認を行っているという情報を聞き、情報収集を行った結果、万歩計アプリの活用にたどり着きました。
〜万歩計アプリで広がる住民同士の顔の見える関係〜
この万歩計アプリは、アプリがインストールされているスマホを常に持ち歩くことで、その日に歩いた歩数が自動的にカウントされる仕組みになっています。また、アプリに登録した全員が、互いの歩数を確認できるようにもなっています。日常生活を送る上で、歩いた歩数が0歩ということは考えられないので、0歩の方がいた場合は、その方のスマホのアラームを鳴らします。停止ボタンを押すことで、アラームは止まり、登録者全員にも無事が伝わる仕組みだそうです。アラームが止まらなかったり、極端に歩数が少ない場合は、登録者同士でその方の部屋まで伺い、声掛けを行うことで状況を確認し合っています。
現在、アプリ利用者は一人暮らし高齢者30人程度で、スマホを保有していない人には貸し出しも行っています。また、一人暮らし高齢者に対しては、万歩計アプリの見守り以外にも個別の安否確認の希望有無をヒアリングしています。希望された人には、月1回、防災会より電話連絡を行っています。ただし、見守りアプリを利用していない人の中にも、安否が気になる人がおられるので、棟ごとに担当者を決め、気になる人への緩やかな安否・見守り活動を行っているそうです。
このように、万歩計アプリを通じ、住民同士の顔の見える関係づくりの推進を図りながら、マンション内の見守りネットワーク体制の構築に取り組まれています。
〜「見守り活動を通じてあなたの生活を支えたい」〜
ある時、防災会に「一人暮らし高齢者の部屋を伺った際、部屋から玄関まで這って来られた。気になるから見に行って欲しい。」と住民から相談がありました。相談を受け、メンバーが、部屋へ様子を見に行った際、本人にお話を伺うと、「介護認定も受けておらず、病院にも行ったことがない。」とのことでした。この方とうまくやりとりができない場面があったことから、認知症の疑いがあるかもしれないと思い、地域包括支援センターへつなぎ、介護認定を申請してもらうこととなりました。
その後、この方と一緒に病院に受診に行った帰り道、体調不良を訴えられたため、病院に戻り検査をしてもらった結果、大腸がんと判明し、その日に救急入院となりました。林さんは「本当はこのような人に見守りアプリを利用していただきたいと願っていますが、こちらの願いどおりにいかないケースもあります。活動をしていて悩むことは認知症の症状がある方へのコミュニケーションです。どう声をかけていけばいいか、どのように対話を図ることで異変を感じることができるか、それぞれの個性により症状の現れ方が違うので、支援者として悩むところです。」と、心の内を語ってくださいました。
〜誰もが居場所と出番がある金曜サロン〜
防災会では、有志メンバーを中心に年末、年始、休日関係なく、毎週金曜日に「金曜サロン」を開催されています。設立から4年目になるこのサロンは、住人であればどなたでも参加することができます。常時30人程の住民が集まり、住民同士の信頼関係を構築する心の拠り所の1つとなっています。
この金曜サロンの常連の参加者である葛原さんにお話を聞いてみました。
葛原さんは他の参加者から「喫茶店のマスター」と呼ばれています。問屋から直接豆を仕入れるほどのこだわりを持つ葛原さんが淹れるコーヒーは、正にプロの味。なんとコーヒーカップも葛原さんの手作りです。参加者から「葛原焼き」と呼ばれるほど、見事な出来栄えのカップからは時間をかけて焙煎されたコーヒーの良い香りが漂います。そんなこだわりが詰まったコーヒーを楽しみにして、金曜サロンに来られる方もおられるほどです。
葛原さんは、金曜サロンを「他の参加者とコーヒーを飲みながらゆったりとした時間を楽しむことができる至福の時。」と表現されていました。
また、参加者の中には金曜サロンが開設されて以来、全てに参加された方もいました。その方は「楽しいから毎回来ている。年をとり、外出しても、そんな遠くにはいけない。ここに来れば友達や仲間がいる。誰かがいるという安心感は心地良いよ。」と話してくれました。参加者が自分の得意なことを活かしながら、会運営を楽しんでおられるこの金曜サロンの存在は、ユニ宇治川マンションのコミュニティの強さを表現しているように取材をして強く感じました。
〜「思い立ったら即行動!すべてはあなたのために」〜
金曜サロンのメンバーたちの強みは「思い立ったら即行動に移すこと」です。金曜サロンの参加者から「足腰が弱く、ゴミを捨てにいくのが難しい。」、「電球1つ変えるのも大変!」、「タンスなどの家具の移動が難しい。」など、いろんな困りごとが聞こえてきた際、「なんや困ってるんかいな。それじゃ、みんなでやってみようか。」と、早速、「何か困り事がある人は声をかけてください。」と回覧板を回し、困りごとの把握を始めました。
「金曜サロン」の場は住民の居場所という役割だけでなく、ニーズ把握、協議、提案まで行う連絡調整会議の役割をも果たしています。
〜ボランティアの『プロ』として生活を守りたい〜
今後の活動目標について、林さんに伺ったところ、これまでの穏やかな表情から一瞬顔を引き締め、静かに語り出してくれました。「『私はボランティアだからできない』と言いたくないんです。例えば、医療関係者がボランティアとして関わった時、命のやりとりを行う現場に遭遇した際、『私はボランティアなので知らない、できない』とは言わないと思います。私も同様で、マンションコミュニティを保全するというボランティアの『プロ』でいたい。そういう意味でボランティアという言葉を捉えている。だからこそ、色々と知らないことは調べて取り組むし、想いだけではやらない。『調査なくして発言なし』を、これからも実践していきたいです。」と熱く語ってくださいました。
〜マンションの住民の皆様へメッセージ〜
マンションの住民の皆様へメッセージを求めると、林さんは「地域の役員は複数年で取り組むことが大切だと思います。1年総交代では、1年前の課題をそのまま引き継ぎ、議論して翌年に持ち越されてしまうため、何も解決につながらないと思っています。町内会・自治会では、複数年の考え方が大事ですね。」と自治会の組織・つながりを引き継ぎ、より深めていく大切さを語られました。
防災会副会長の辻井さんは笑顔を浮かべながら、「せっかく取組むのなら楽しく取り組みたいね。皆に会える、話ができる、関係性が作れる。いいことだらけじゃないか…」と、金曜サロン参加者の方々の笑顔を眺めながら話してくださいました。
お二人の話から共通することは「楽しむことが継続につながる」ということ。地域コミュニティを形成していくには、時間をかけて信頼関係を構築しながら地域をデザインしていくことが必要です。そのためには、スタッフ・参加者の垣根を越えて全員が主体者となり、それぞれが活動自体に喜びや楽しみを見いだして参画することが求められます。
友達や仲間に会いにコーヒーを飲みに来たサロンでこぼした悩み・心配事をみんなで楽しみながら解決していくユニ宇治川マンションは、今後も笑顔が絶えることなく、住民の居場所としてあり続ける事でしょう。